大判例

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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)18号 判決

愛知県名古屋市千種区内山3丁目8番4号

原告

株式会社三友商会

同代表者代表取締役

森鐵雄

愛媛県伊予郡松前町大字北黒田571番地

原告

扇屋食品株式会社

同代表者代表取締役

松原隆

東京都練馬区北町2丁目33番7号

原告

株式会社北食

同代表者代表取締役

清野和男

北海道函館市住吉町6番14号

原告

株式会社三友食品

同代表者代表取締役

才木久美

青森県青森市大字三内字里見54番3号

原告

三幸食品株式会社

同代表者代表取締役

長内幸五郎

青森県八戸市大字大久保字浜長根8番地1

原告

株式会社マルミヤ

同代表者代表取締役

宮川隆二

佐賀県伊万里市黒川町小黒川383番地

原告

小島食品工業株式会社

同代表者代表取締役

小島清嗣

岐阜県岐阜市細畑華南20番地

原告

山栄食品工業株式会社

同代表者代表取締役

松岡良男

北海道札幌市白石区本郷通10丁目南1番1号

原告

第一食品株式会社

同代表者代表取締役

城戸清孝

北海道札幌市厚別区厚別東3条2丁目1番5号

原告

丸市食品株式会社

同代表者代表取締役

高田直治

広島県福山市高西町南134番地

原告

有限会社ダイコー食品

同代表者代表取締役

大礒睦志

愛知県豊橋市西幸町字古並124番地

原告

株式会社カワベ

同代表者代表取締役

川部定介

新潟県長岡市南陽1丁目1027番地4

原告

やまなか食品工業株式会社

同代表者代表取締役

中島太郎

宮城県仙台市若林区卸町東4丁目1番5号

原告

株式会社東北かねた

同代表者代表取締役

田畑源伍

東京都葛飾区奥戸6丁目22番1号

原告

株式会社萬和

同代表者代表取締役

小島憲

愛媛県伊予市市場150番地

原告

株式会社岡部商会

同代表者代表取締役

岡部悦雄

愛媛県伊予郡松前町大字恵久美715番地1

原告

拓泉食品株式会社

同代表者代表取締役

近藤憲弘

原告ら訴訟代理人弁護士

近藤良紹

荒木和男

早野貴文

宗万秀和

川合晋太郎

同弁理士

浅賀一樹

同訴訟復代理人弁護士

川合順子

東京都北区東十条6丁目5番15号

被告

株式会社なとり

同代表者代表取締役

名取小一

東京都中央区新富1丁目15番14号

被告

チーズ鱈製法特許管理有限会社

同代表者代表取締役

吉田豊穂

被告ら訴訟代理人弁護士

小柴文男

同弁理士

千葉太一

主文

特許庁が平成2年審判第6611号事件について平成6年10月19日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

主文同旨の判決

2  被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告らは、名称を「嗜好食品の製造方法」とする特許第1526973号(昭和57年11月4日出願、平成元年3月6日出願公告、同年10月30日設定登録、以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

原告らは、被告らを被請求人として、平成2年4月20日本件特許の無効審判を請求したところ、特許庁は、平成2年審判第6611号事件として審理した結果、平成6年10月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年12月21日、原告らに送達された。

2  本件発明の要旨

潰擂魚肉に澱粉、調味料等を加え混練して薄板状に成形する混練物を加熱し、乾燥して魚肉シートを作り、上記魚肉シートの間に適宜厚を有するチーズを挟んで食品素材を形成し、上記食品素材を上下より加熱されたロースター板で適宜に加圧しチーズの上下表面を融解させてチーズに魚肉シートを付着し、上記加熱付着された食品素材を水分含有率約33~38%になるまで冷却した後、所定形状に裁断して製品となし、上記製品の所定量に脱酸素剤を入れて包装することを特徴とする嗜好食品の製造法。

(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、昭和56年実用新案登録願第4812号(昭和57年実用新案出願公開第117993号公報)の願書に最初に添付した明細書のマイクロフイルムの写し(以下「引用例1記載の考案」という。)には、次の事項が記載されている。

魚の冷凍すり身を原料とし、これに食塩、砂糖、でんぷん、化学調味料、味醂、水等を添加し、サイレントカッターで混練する工程に次いで、混練した練肉を電化焼器で圧焼し加熱しながら偏平板状に成形する工程を経て、これを温風乾燥機で水分20%程度にまで乾燥する乾燥工程に次いで、ローラーで軽く圧延する工程、次いで方形に裁断する工程により練肉の乾燥シートを得、次いでこの乾燥シートにソルビート液と天然多糖類水溶液を混合したペースト状の粘着物を塗布した後、スライスチーズを挟む工程を経て、チーズにくずれない程度に軽くプレスして密着させる工程に次いで裁断工程により一口大の大きさの長方形のサンドイッチ状とし、これを数個の所定単位で包装工程により包装する、チーズを挟んだ魚肉練乾製品の製造法(別紙図面2参照)。

(3)  本件発明(前者)と引用例1記載の考案(後者)とを対比すると、両者の一致点、相違点は、次のとおりである。

一致点

潰擂魚肉に澱粉、調味料等を加えて混練して薄板状に成形する混練物を加熱し、乾燥して魚肉シートを作り、上記魚肉シートの間に適宜厚を有するチーズを挟んで食品素材を形成し、チーズに魚肉シートを付着した後、所定形状に裁断して製品となし、上記製品を包装する点。

相違点

〈1〉 前者が、食品素材を上下より加熱されたロースター板で適宜に加圧しチーズの上下表面部を融解させてチーズに魚肉シートを付着させるのに対し、後者が、乾燥シートにソルビート液と天然多糖類水溶液を混合したペースト状の粘着物を塗布した後、スライスチーズを挟む工程を経て、チーズにくずれない程度に軽くプレスして密着きせる点。

〈2〉 前者が、加熱付着された食品素材を水分含有率約33~38%になるまで冷却するのに対し、後者が、水分含有率を調製していない点。

〈3〉 前者が、脱酸素剤を入れて包装するのに対し、後者が脱酸素剤を入れずに包装する点。

(4)  そこで、前記相違点について、検討する。

〈1〉 相違点〈1〉について

〈ア〉 昭和54年特許出願公告第36667号公報(以下「引用例2」という。)には「チーズに薄切したキノコを挟み合わせ、型内で加熱後、圧してキノコをチーズ中に一体化せしめ、キノコ菌培養液を含んだ繊維物質で包み、これにキノコ菌を接種培養して外側をキノコ菌で覆い、チーズにキノコの風味を与えると共に、キノコ菌の拮抗作用などにより、外部からの害菌の付着生育を防除することを特徴とするキノコを挟んだチーズの製造法。」の発明が記載されており、その明細書には「プロセスチーズを1~3cmの厚さに切つたチーズ片1に、水分を40%にしたシイタケのスライス片2をその間に挟んで紙製の型3に入れる。しかる後に80~90℃で10~20分加熱しチーズが軟化したとき、一方より圧してチーズ中にシイタケ片を埋没するように重合一体化せしめる。」と記載されている。

してみると、引用例2記載の発明では、チーズはシイタケを埋没一体化させるためには全体を軟化させる必要があり、しかも具体的には、シイタケのスライス片を挟んだチーズを80~90℃で10~20分加熱するものであるから、チーズは全体が軟化しているものと解するのが相当である。

〈イ〉 昭和48年特許出願公告第2336号公報(以下「引用例3」という。別紙図面3参照)には「調味したいかの一部を重ね合せて板状にして乾燥し、この乾燥したものを焼成した後圧伸機で延展し、この延展したものを上下に重ね、中間にチーズを挿入し加圧加熱し、次に切断機で細く裁断することを特徴とするチーズを挟んだのしいかの製造方法。」の発明が記載されており、その加熱、加圧について「圧伸機にかけて延展したのしいかの中間にチーズを挟んで加熱、加圧することによりチーズが融けてのしいかの凹凸面に喰い込み、重ね合されたのしいかがチーズを介して強固に結合される。しかものしいかが硬化しないから結合は一層確実に成される。したがって次にこれを切断機で細片にした場合もいか、チーズ、いかの三層が分離することがない。」と記載されている。

しかしながら、引用例3記載の発明では、粉砕したプロセスチーズを用いて層状に形成するものであり、加熱温度は120~150℃とプロセスチーズの軟化温度の約90℃に比較高温なので、プロセスチーズは全体が融解するものと解さざるを得ない。

〈ウ〉 昭和54年特許出願公開第113464号公報(以下「引用例4」という。)には「のしいか等の調味乾燥したいかにチーズを載せてその上にさらに上記同様のいかを重ねてサンドイッチ状にし、これらを上下から加熱した鉄板で加圧して適度にそれらいかにチーズを滲み込ませると同時に両者を密着させ、これらを冷却させることを特徴とするチーズいかの製造方法。」の発明が記載されており、その加熱加圧の具体的条件は、加熱温度が180℃前後、加圧時間は、5分前後である。

ところで、この加熱加圧条件は、本件発明の実施例1では、90℃の表面温度のロースター板で約2分、実施例2では、98℃の表面温度でロースター板で約2分30秒、実施例3では、85℃の表面温度のロースター板で約3分であるのに対し、ロースター板の表面温度ははるかに高温であり、しかも、加圧時間も5分前後と長時間であり、プロセスチーズの軟化温度が90℃前後であることを考慮すると、プロセスチーズは全体が融解するものと解さざるを得ない。

〈エ〉 昭和46年特許出願公告第16939号公報(以下「引用例5」という。)には、チーズを加味した裂きいかの製造方法の発明が記載されているが、引用例5記載の発明では、粉チーズは、裂きいかの繊維間隙内に圧入し、さらにまぶして付着させるものであり、シート状の素材同士を付着させるために用いるものではない。

また、昭和49年特許出願公告第44336号公報(以下「引用例6」という。)には、擂潰魚肉に澱粉、卵白、調味料を加えて混練した素材を用いる珍味食品の製造方法の発明が、昭和50年特許出願公告第39139号公報(以下「引用例7」という。)には、粘稠状に練成した魚肉を用いる乾燥ねり製品の製造方法の発明が記載されているが、それらの発明では、珍味食品又は乾燥ねり製品の素材としてチーズは用いられていない。

〈オ〉 したがって、引用例2ないし7記載の発明には、他の食品を付着させるプロセスチーズの上下表面部を融解させる点は記載されていない。

〈2〉 相違点〈2〉について

〈ア〉 引用例1には、前記のとおり、チーズを挟んだ魚肉練乾製品の製造法において、偏平板状に成形した練肉を水分20%程度にまで乾燥させることが記載されており、また、月刊「PACKS 2月号」株式会社日報昭和53年2月1日発行(以下「引用例8」という。)によれば、プロセスチーズの水分含有率は40%弱であることが認められる。

そして、引用例1記載の考案は、密着させる工程後水分含有率の調整を行っていないので、両者を原料として食品を製造すると、当該食品の水分含有率は、20~40%の範囲内になるであろうことは、当業者が予測し得るものと認められる。

〈イ〉 本件明細書中の表1の「防黴保存検査」の結果は、水分含有率約33~38%の範囲の製品を包装するに当たり、脱酸素剤を使用した場合と使用しない場合とを比較し、脱酸素剤を使用した方が防かび保存効果があることを記述しているにすぎず、水分含有率が33%以下あるいは38%以上のとき脱酸素剤の使用の有無による結果には全く触れておらず、さらに、本件明細書の記載を精査しても、水分含有率約33~38%に臨界的意義を見いだすことはできない。

〈ウ〉 昭和57年7月28日付「チーズ鱈細菌検査結果」及び昭和57年5月20日付「チーズ鱈試食アンケート集計結果」における検査対象は「チーズ鱈」とするだけで、その製造方法は特定されてないので、それらの検査は、本件発明の「嗜好食品の製造法」に基づいて製造した食品を対象として行ったものとは直ちには認められない。

このことは、本件発明は、保存性の向上と共に、ソフトな食感を得ることを重要な技術的課題とするものであるから、前記検査・集計結果は、本件発明の効果を証するために極めて有効なものであり、しかも本件発明の出願前に作成されていたにも拘わらず、その明細書中に記載されていないことからもいえる。

なお、平成3年特許出願公開第195474号公報は本件発明の設定登録後に出願されたものであり、本件発明は出願時の技術水準で解釈すべきものであり、前記公報の存在によってその解釈が左右されるものではない。

〈エ〉 したがって、食品素材の水分含有率を約33~38%とすることは、引用例1記載の考案に基づいて当業者が適宜決定できたといわざるを得ない。

〈3〉 相違点〈3〉について

引用例8には、特定の脱酸素剤を用いると、水分40%程度のプロセスチーズは勿論のこと、水分58~59%の魚肉ソーセージ、さらには水分70%を有する魚肉やちくわ、はんぺん等の水産練製品に対してもカビ防止、生菌抑制、風味保存等の効果を発揮することが開示されており、「食品加工通信教育講座 珍味食品科課程(第2分冊)」(財団法人日本食品加工研究会、以下「引用例9」という。)には、「普通、腐敗細菌の発育する最小限度の水分量は40~50%である。したがって35~40%程度まで水分を減ずれば長期間貯蔵することができる。」及び「カビの発生を完全に阻止するには水分含量を20~13%以下にすることが必要であるが、一般に十分に乾燥されたものでも13%程度の水分を有しているので、長期の貯蔵には冷蔵法や不活性ガス(窒素ガスなど)封入、あるいは密封容器中に乾燥剤を入れるなどの方法を併用することが必要である。」と記載されており、また、相磯和嘉監修「食品微生物学」(医歯薬出版株式会社昭和51年5月15日発行、以下「引用例10」という。)には、「図Ⅳ.35アジ肉の水分と腐敗との関係」のグラフ中には、加熱乾燥した魚のアジ肉の水分を「40.56%」にするとほとんど腐敗が起こらず、「36.01%」にするとさらによい結果となり、長期貯蔵ができることが開示されている。

これらのことから、水分含有率が高いと保存性が悪くなり、それを解決するためには、包装する際脱酸素剤を封入することは、本出願前周知であり、かつ普通に採用されていた技術と認められる。

してみると、食品素材の水分含有率を、上記のような値にすれば保存性が悪くなることは明らかであるので、引用例1記載の考案において、包装の際脱酸素剤を封入することは、当業者が容易に想到し得たことと認める。

(5)以上のように、相違点〈2〉及び〈3〉で指摘した本件発明の備える構成は、前記各引用例記載の事項に基づき当業者が容易に想到し得たことと認められるが、相違点〈1〉で指摘した本件発明の備える構成は、各引用例に記載された事項に基づき当業者が容易に想到することができたということはできない。

そして、特許請求の範囲に記載された事項を要旨とする本件発明は、明細書に記載されたとおりの「本発明の製造法による嗜好食品は、魚肉シートとチーズとが有する本来の旨味を損うことがなく、夫々の味の調和した味を呈する製品とすることができると共に、魚肉シートとチーズとの各食感をも同時味わることのできるものである。また、製品の水分含有率を高く維持することができることにより、従来のこの種嗜好食品に比較して柔軟で食し易い製品にすることができる。更に、脱酸素剤の作用により保存性に優れた製品を提供できる等の特徴を有するものである。」という引用例1ないし10記載の考案等では期待できない作用効果を奏するものと認められる。

したがって、本件発明は、引用例1ないし10記載の考案等に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとい うことはできない。

(6)以上のとおりであるから、請求人ら(原告ら)の主張する理由及び引用した証拠によっては、本件特許を無効とすることはできない。

4  審決の取消事由

引用例1ないし10には、審決認定の技術的事項が記載されていること、本件発明と引用例1記載の考案との一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、並びに相違点〈2〉及び〈3〉についての審決の判断は認めるが、審決は、相違点〈1〉について判断するに当たり、引用例2ないし4記載の発明の技術内容を誤認した結果その判断を誤り、本件発明は引用例1ないし10記載の考案等に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)〈1〉  審決は、引用例2記載の発明においては「チーズは全体が軟化しているものと解するのが相当である。」と判断している。

しかしながら、引用例2記載の発明においては、厚さ1~3Cmのチーズ2枚に挟まれたシイタケ片がチーズ中に埋没するように重合一体化していればよいのであって、チーズ全体と一体化する場合は、チーズ全体を軟化させる必要があり、チーズ表面部のみと一体化する場合は、その表面部のみを軟化させればよく、チーズの一部分あるいは大部分と一体化する場合は、チーズの一部ないし大部分を軟化させるだけでよい。引用例2には、チーズにシイタケ片を挟んで紙製の型に入れ、80~90℃で10~20分加熱すると記載されており、加熱温度と加熱時問にかなりの幅があるのは、この理由による。したがって、審決の前記判断は誤りである。

〈2〉  審決は、引用例3記載の発明においては「加熱温度は120~150℃とプロセスチーズの軟化温度の約90℃に比較高温なので、プロセスチーズは全体が融解するものと解さざるを得ない。」と判断している。

しかしながら、「プロセスチーズの軟化温度約90℃」とは、チーズ自体の温度を意味するのに対し、引用例3記載の発明における「加熱温度120~150℃」は、金属板製鉄板が加熱される温度、あるいは金属板製鉄板そのものの温度を意味し、チーズ自体を120~150℃に加熱することを意味するものではない。また、引用例3記載の発明において、チーズの全体が融解してどろどろになってしまっては、チーズが2枚ののしいかの間から流れ出してしまうから、チーズ全体が完全に溶融してしまうまで加熱するということはあり得ない。要は、のしいかに付着する程度にチーズが融解していればよいのであって、上下表面部のみか全体かということ自体に何らの意味も存しない。引用例3記載の発明には、チーズ全体が融解する場合も、チーズの一部あるいは大部分が融解する場合をも含んでいるのであって、審決の前記判断は誤りである。

〈3〉  審決は、引用例4記載の発明においては「チーズは全体が軟化しているものと解さざるを得ない。」と判断している。

しかしながら、引用例4記載の発明は、いかにチーズを滲み込ませ、密着させればよいのであり、引用例4には、加熱、加圧方法、密着の程度は「適度に」と記載されている。つまり、チーズ全体が融解する場合も、チーズの一部あるいは大部分が融解する場合も「適度」に含まれる。引用例4には「鉄板の加熱温度は180℃前後である」と記載されているが、この温度は鉄板を加熱する温度であり、鉄板の温度は96℃~108℃程度である(甲第20号証)から、チーズの温度はこれより低いことになる。したがつて、審決の前記判断は誤りである。

〈4〉  以上のとおりであるから、「引用例2ないし4記載の発明には、他の食品素材を付着させるべくプロセスチーズの上下表面部を融解させる点は記載されていない」との理由により相違点〈1〉に係る本件発明の構成の容易性を否定した審決の判断は誤りである。

〈5〉  仮に、引用例2ないし4には、他の食品素材を付着させるべくプロセスチーズの上下表面部を融解させる点は記載されていない」としても、上記各引用例の記載事項によって明らかな本出願当時の技術水準に照らすと、これらの引用例には、チーズを食材に融着させる目的が達せられる限り、融解状態を問わないことが開示されているから、加熱温度、加熱時間などの加熱方法あるいは加圧程度を調節することにより、プロセスチーズの上下表面部を融解させることは、当業者であれば容易になし得たことにすぎないから、相違点〈1〉に係る本件発明の構成の容易性を否定した審決の判断ははこの点からも誤っている。

(2)  被告らは、相違点〈2〉について本件発明の備える構成を得ることは当業者にとって容易であるとした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、食品素材の水分含有率は、各材料の水分含有率の加重平均によって決まるものである。つまり、その水分含有率は、どのような材料を使用するかによって決定され、加熱工程や冷却工程によって決まるものではない。

本件明細書をみても、食品素材の水分含有率を約33~38%に調整する、あるいは約33~38%であることを確認するための具体的方法・装置についての記載はない。本件発明において、食品素材の水分含有率が約33~38%になるのは、加重平均してその範囲におさまるからであって、そうでない材料を使用した場合にはその範囲におさまることはない。

水分含有率約33~38%という数値は、得られた製品の食味・食感が良かったという単なる確認的・追認的数値にすぎないのであって、当業者が経験的に得られる数値範囲から逸脱しておらず、しかも、本件明細書の記載からも水分含有率約33~38%という数値限定に臨界的意義は認められない。

そして、相違点〈2〉について本件発明の備える構成を得ることは当業者にとって容易であったことは、審決の認定判断のとおりである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。

2  審決の認定判断は、相違点〈2〉の判断を除いて正当であり、本件発明は、原告ら主張の引用例1ないし10記載の考案等に基づき当業者が容易に発明をすることができたとはいえないとした審決に原告ら主張の違法はない。

(1)〈1〉  引用例2記載の発明は、シイタケ片をチーズで挟むものであって、チーズをシイタケ片で挟むものではない。シイタケ片をチーズ中に埋没するようにするためには、構造上チーズの中央部分ないしシイタケ片と接触している面を軟化させる必要があり、そのためにはチーズ全体を軟化させる必要がある。けだし、チーズの周辺又はシイタケ片と接触していない面を軟化させることなくチーズの間に挟まれたシイタケ片をチーズに埋没させることは不可能だからである。

したがって、引用例2記載の発明においては「チーズは全体が軟化しているものと解するのが相当である。」とした審決の判断に誤りはない。

〈2〉  引用例3記載の発明における「加熱温度120~150℃」は、鉄板の温度であって、鉄板を加熱する温度ではない。引用例3の記載に従い、鉄板の圧力0.4kg/cm3、鉄板の温度120℃で加圧加熱すると、チーズは全体が融解する。しかも、引用例3記載の発明においては「破砕したプロセスチーズ」(3欄23、24行)をのしいかに挟んで加圧加熱するものであるから、破砕したプロセスチーズの全体を融解させてのしいかとチーズの三層構造をつくるものであることが明らかである。

したがって、引用例3記載の発明においては「プロセスチーズは全体が融解するものと解さざるを得ない。」とした審決の判断に誤りはない。

〈3〉  引用例4の「鉄板の加熱温度は180℃前後である」との記載は、鉄板の温度であって、鉄板を加熱する温度ではない、というのが自然かつ客観的な解釈である。原告らは、鉄板の温度は96~108℃程度である、と主張して甲第20号証を援用するが、その記載内容は曖昧であり、当時鉄板の温度を計測する手段がなかったとの記載も事実に反する(乙第1号証参照)。

鉄板の温度が180℃前後であれば、審決認定のとおり、引用例4記載の発明はチーズ全体を融解させる技術に関するものであることは明らかであって、引用例4記載の発明においては「チーズは全体が軟化しているものと解さざるを得ない。」とした審決の判断に誤りはない。

〈4〉  以上のとおり、引用例2ないし4記載の発明を本件発明の対象とする食品素材の加工に適用するならば、チーズが魚肉シートから溶け出したり、魚肉シートが乾燥又は焦げすぎたりして、商品となり得ない。本件発明は、このような従来技術の欠点を解消するためにチーズの上下表面部を融解すればよいとの知見に到達し、従来技術では期待することのできない顕著な作用効果を奏するのである。

〈5〉  チーズと魚肉シートとを付着させる従来技術は、いずれもチーズ全体を融解させて付着を得るものであって、本件発明とは技術的な隔たりがあり、チーズの上下表面部の融解という知見に基づいて種々の優れた作用効果を奏する本件発明は、当業者が従来技術によって容易に発明することができないものである。

(2)〈1〉  本件発明において加熱付着される食品素材は、冷却工程において水分含有率を約33~38%に設定するのであり、この加熱加圧工程後の食品素材の水分含有率は、33%を越えている場合と約33~38%の範囲内にある場合とがあるが、33%を下回る場合は含まないものである。

33%を下回る食品素材に対して、冷却水を噴霧する等の手段により冷却工程において水分を高め水分含有率を約33~38%に設定することも可能であるが、このような冷却方法によると、魚肉シートとチーズとの旨味が損なわれ、ぐちゃぐちゃした食感となり、本件発明の目的を達することができない。

〈2〉  審決は、引用例1には、チーズを挟んだ魚肉練乾製品の製造法において、偏平板状に成形した練肉を水分20%程度にまで乾燥させること、引用例8には、プロセスチーズの水分含有率は40%弱であることが記載されていると認定している。

しかしながら、魚肉シートとチーズは、共にこれ以外に種々の値を採り得るものであり、また、本件発明において用いるチーズは、プロセスチーズに限定されない。チーズは、ナチュラルチーズと、ナチュラルチーズの1又は2種以上を混合加熱溶解して整形したプロセスチーズとに大別されるが、ナチュラルチーズの水分含有率は13~80%であることが知られており、その上、プロセスチーズは加熱溶解工程において水を添加するので、原料よりも水分含有率が高くなる。わが国で市販されているチーズをみても、その水分含有率は、7.8~80.1%の範囲に及んでいる。したがって、魚肉シートとチーズからなる食品素材の水分含有率が20~40%の範囲に当然入るということはできない。

〈3〉  審決は、「本件明細書の記載を精査しても、水分含有率約33~38%に臨界的意義を見いだすことはできない。」と判断している。

しかしながら、本件発明は、水分含有率を約33~38%に設定することにより、本件明細書に記載されているように「魚肉シートとチーズとの本来の形態及び旨味を損うことがなく、製品の水分含有率を高く維持することによってソフトな食感を有する」(平成1年特許出願公告第13340号公報(以下「本件公報」という。)2欄21行ないし24行)という顕著な作用効果を奏するものである。

この点について、被告らは、審判手続において、昭和57年7月28日付「チーズ鱈細菌検査結果」及び昭和57年5月20日付「チーズ鱈試食アンケート集計結果」を提出したところ、審決は、「これらにおける検査対象は「チーズ鱈」とするだけで、その製造方法は特定されないので、それらの検査は、本件発明の「嗜好食品の製造法」に基づいて製造した食品を対象として行ったものとは直ちには認められない。」と判断している。

しかしながら、これらの結果報告書は、被告株式会社なとりの内部資料であるため、検体の製造方法を特定する記載をしなかったものであって、その検体(試料)は乙第9号証記載のとおり本件発明に基づいて製造されたものである。

平成8年2月5日付「異なる水分含有率のチーズ鱈の細菌検査、及び官能検査結果」をみても明らかなように、食品素材の水分含有率を約33~38%に設定したことの意味は、33%を下回る場合はこれを食すると固くぼそぼそする一方、38%を越える場合は柔らかすぎてぐちゃぐちゃするという食感の面と、38%を越えると黴が発生して常温下での流通が不可能になるという保存性の面との、両面において食品としての条件を充たすところにある。

したがって、水分含有率約33~38%の下限と上限の双方に技術的意義があり、かつこの数値限定の臨界的意義が裏付けられているから、審決の前記認定判断は誤りである。

〈4〉  以上のとおり、相違点〈2〉に係る本件発明の構成は、引用例1記載の考案に基づいて当業者が適宜決定できたものでないから、この点において、本件発明は引用例1記載の考案等から当業者が容易に発明することができたものということはできない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

第2  成立に争いのない甲第10号証(本件公報)によれば、本件明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  本件発明は、魚肉を主材料とした魚肉シートとチーズとからなる嗜好食品の製造方法に関する(1欄14行、15行)。

従来、のしいかの風味とチーズの風味とがよく調和し美味であることに着目した発明として、引用例3及び4記載の発明があるが、これらはのしいかの間にチーズを挿入して耐熱鉄板で挟んで5分間前後の加圧時間をもって温度120~180℃の加熱を加えるため、チーズはのしいかから溶け出して製品となり得ないおそれがあり、また、のしいか自体も高温な加熱によって乾燥され、製品の食感が堅く食味を劣化させる。一方、引用例1記載の公報記載の考案は、魚のすり身を原料とした乾燥品にソルビート液と天然多糖類水溶液を混合したペースト状の粘着物を塗布した後にスライスチーズを挟むものであるが、粘着物の介在によって魚肉練製品やチーズの旨味を損なう欠点があり、チーズの保存性についての配慮に欠けるものである(1欄16行ないし2欄19行)。

2  本件発明は、これらの従来品の欠点を改良することを目的とし、特許請求の範囲(1欄2行ないし12行)記載の構成を採用したものである。

3  本件発明の製造法による嗜好食品は、魚肉シートとチーズとの本来の形態及び旨味を損なうことがなく、各々の味の調和した味を呈する製品とすることができ、製品の水分含有率を高く維持することによって従来のこの種嗜好食品に比較して柔軟で食しやすい製品にすることができ、脱酸素剤の作用により製品包装袋内の酸素を除去し、黴等の細菌が発生することを防止し、保存性に優れた製品を提供できる等の作用効果を奏する(2欄21行ないし24行、11欄8行ないし12欄2行)。

第3  引用例1ないし10には、審決認定の技術的事項が記載されていること、本件発明と引用例1記載の考案との一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、並びに相違点〈3〉についての審決の判断は、当事者間に争いがない。

1  原告らは、審決は、相違点〈1〉について判断するに当たり、引用例2ないし4記載の発明の技術内容を誤認した結果その判断を誤った旨主張するので、まずこの点について検討する。

(1)  成立に争いのない甲第4号証の4によれば、引用例3は、発明の名称を「チーズを挟んだのしいかの製造方法」とする特許出願公告公報であって、その特許請求の範囲には「展開して剥皮した生いかを調味料にα澱粉、CMC、ソルビット液を加えた調味液に浸漬し、次にこの調味したいかの一部を重ね合せて板状にして乾燥し、この乾燥したものを焼成した後圧伸機で延展し、この延展したものを上下に重ね、中間にチーズを挿入して加圧加熱し、次に切断機で細く裁断することを特徴とするチーズを挟んだのしいかの製造方法。」(6欄18行ないし25行)と記載され、その発明の詳細な説明に次のとおり記載されていることが認められる。

「圧伸機にかけて延展したのしいかの中間にチーズを挟んで加熱、加圧することによりチーズが融けてのしいかの凹凸面に喰い込み、重ね合されたのしいかがチーズを介して強固に結合される。しかものしいかが硬化しないから結合は一層確実に成される。したがつて次にこれを切断機で細片にした場合もいか、チーズ、いかの三層が分離することがない。」(1欄34行ないし2欄4行)

「いかの耳の部分を原料とした本発明の実施の一例を詳述する。

1. 胴体より分離した生いかの耳を50~60℃にボイルして剥皮し、この剥皮したいかの耳100Kgを次に配合の調味料に浸漬する。 (中略)

5. こののしいか2、2を上下にして中間に破砕したプロセスチーズを挿入し、この上下を金属板製耐熱鉄板で挟んで加圧加熱する。圧力0.5~0.4Kg/cm3温度120~150℃

6.次にこれを切断機で5mm幅の細長片に切断する。厚さは上下ののしいか2夫々2mm、チーズ3が4mmである。」(2欄10ないし3欄30行)

引用例3の上記記載事項によれば、引用例3記載の発明こおいては、延展したのしいかを上下に重ね、中間にチーズを挿入し加圧加熱し、次に切断機で細く裁断することによって、いか、チーズ、いかの三層が強固に結合し、分離することがないチーズを挟んだのしいかを製造するものであるから、製造された食品は、魚肉シートの間にチーズを挟んで形成されたものであり、チーズが完全に溶け出すものではないと認められる。

被告らは、引用例3の記載に従い、鉄板の圧力0.4Kg/cm3、鉄板の温度120℃で加圧加熱すると、破砕したプロセスチーズは全体が融解する旨主張する。

しかしながら、引用例3記載の発明は、いか、チーズ、いかの三層が強固に結合した食品であること前述のとおりであり、上記記載事項に照らし、必ずしもチーズ自体を120℃に加熱する趣旨とは理解できないだけでなく、チーズが接着作用を果たせば十分であり、完全に融解して溶け出してしまうものでないことは、前記実施例に、製品の「厚さは上下ののしいか2夫々2mm、チーズ3が4mmである。」と記載されていることからも明らかである。

(2)  成立に争いのない甲第4号証の5によれば、引用例4は、発明の名称を「チーズいかとその製造方法」とする特許出願公開公報であって、その特許請求の範囲には「(1)上下層がいか層からなり、その中間にチーズ層が介在されて、構成されることを特徴とするチーズいか。(中略)(4)のしいか等の調味乾燥したいかにチーズを載せてその上にさらに上記同様のいかを重ねてサンドイッチ状にし、これらを上下から加熱した鉄板で加圧して適度にそれらいかにチーズを滲み込ませると同時に両者を密着させ、これらを冷却させることを特徴とするチーズいかの製造方法。」(1頁左下欄5行ないし右下欄4行)と記載され、その発明の詳細な説明に次のとおら記載されていることが認められる。

「本発明に係るチーズいかの一実施例をその製造方法と共に順次説明する。第一工程においてのしいかにチーズを載せてその上にさらにのしいかを重ねてサンドイッチ状にする。(中略)チーズの厚みは2~4mmとする。第二工程で、前工程で得たサンドイッチ状チーズいかを上下から加熱した鉄板で加圧して適度にのしいかにチーズを滲み込ませると同時に両者を密着させる。鉄板は市販されているロースターに付設されているものを使用することができる。鉄板の加熱温度は180度前後である。そして、その加圧はチーズの層位が破壊されない程度の軽圧を選定する。その際の加圧時間は、5分前後が適当である。」(1頁右下欄13行ないし2頁右上欄3行)

引用例4の上記記載事項によれば、引用例4記載の発明においては、いかにチーズを載せてその上にさらに同様のいかを重ねてサンドイッチ状にし、これらを上下から加熱加圧していか、チーズ、いかを互いに密着させて三層構造の食品としたものであって、製造された食品は、魚肉シートの間にチーズを挟んで形成されたものであり、チーズが完全に溶け出すものではないと認められる。

被告らは、鉄板の温度が180℃前後であれば、審決認定のとおり、引用例4記載の発明はチーズ全体を融解させる技術に関するものであることは明らかである旨主張する。

前掲甲第10号証によれば、本件明細書の実施例1では約90℃の表面温度のロースター板で約2分、実施例2では約98℃の表面温度でロースター板で約2分30秒、実施例3では約85℃の表面温度のロースター板で約3分加熱加圧することが認められ、引用例4の前記実施例と対比すると、審決の認定するように、その加熱温度は高く、加圧時間も長いということができる。しかしながら、引用例4の前記特許請求の範囲の記載によれば、上記加熱加圧は「適度に」、すなわちのしいかとチーズとを密着させるために適する程度に行えばよいのであつて、前記実施例記載の温度加圧時間に限定されるものではないから、被告らの前記主張は採用できない。

(3)  前記(1)及び(2)の事実によれば、引用例3及び4記載の発明は、いずれも魚肉シートであるのしいかの間に適宜の厚さを有するチーズを挟んで、この上下を金属板製耐熱鉄板ないしロースターに付設された鉄板(この鉄板が本件発明における鉄板製のロースター機と実質的同一であることは、前掲甲第10号証により認められる本件明細書の記載内容に照らし明らかである。)で適度に加圧加熱し、チーズを完全に融解させることなく、のしいか、チーズ、のしいかの三層を密着結合させた構成のものであり、引用例3及び4にチーズの上下表面部のみを融解させることが明示されていなくとも、当業者であれば、引用例1記載の考案において、これらの引用例記載事項に基づいて、魚肉シートとチーズとの本来の形態と旨味を生かすべく、チーズの上下表面部を融解させて魚肉シートにチーズを付着させる構成とすることは容易に想到し得たものというべきである。

したがって、相違点〈1〉について、引用例3及び4記載の発明においては、魚肉シートに挟まれた「プロセスチーズは完全に融解するものと解さざるを得ない」とした審決の判断は誤りであり、その余の引用例について検討するまでもなく、相違点〈1〉に係る本件発明の構成は、引用例3及び4記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

2  被告らは、相違点〈2〉について、本件発明は、水分含有率を約33~38%に設定することにより、「魚肉シートとチーズとの本来の形態及び旨味を損うことがなく、製品の水分含有率を高く維持することによってソフトな食感を有する」という顕著な作用効果を奏するものであるのに、審決が、引用例1記載の考案における食品の水分含有率は、20~40%の範囲内になるであろうことは、当業者が予測し得るものと認められること、本件明細書の記載を精査しても、水分含有率約33~38%に臨界的意義を見いだすことはできないこと等を理由として、食品素材の水分含有率を約33~38%とすることは、引用例1記載の考案に基づいて当業者が適宜決定できたと判断したのは誤りである旨主張する。

特許が特許法29条2項の規定に違反してなされたことを理由とする特許無効の審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟においては、被告らは、審決の認定判断を正当として請求棄却を求めることができるだけでなく、審決がその理由中で請求人である原告らの引用した先行発明が当該発明の構成要件の一部を備えていると認定判断している場合、審判手続の経過に鑑み、そのような主張を許すべきでない特段の事情の存しない限り、審決が備えていると認めた当該構成を具備していないと主張して争うことができるというべきである。

したがって、証拠上被告らの主張を許すべきでないとする事情の存しない本件において、被告らは、審決が引用例1記載の考案に基づいて当業者が容易に発明できるとした相違点〈2〉の判断を争うことができるものである。

そこで、相違点〈2〉についての審決の認定判断の当否について検討する。

(1)  前掲甲第10号証によれば、本件明細書には、本件発明の奏する作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

〈a〉 「本発明は、(中略)魚肉シートとチーズとの本来の形態及び旨味を損うことがなく、製品の水分含有率を高く維持することによってソフトな食感を有すると共に、製品の包装に際して脱酸素剤を同時に封入して製品包装袋内の酸素を除去せしめ、黴等の細菌が発生するのを防止することによって、製品の保存性をより高めた嗜好食品の製造法を完成したものである。」(2欄20行ないし28行)

〈b〉 「実施例1、2、3で得られた製品についての保存検査を行ったところを表1に示す。この保存検査は温度30℃、湿度80%の恒温恒湿器による防黴保存検査の結果を示すもので、比較例1、2、3は実施例1、2、3のうちより脱酸素剤を入れることなく包装したものを使用(中略)上記表1の通り、本発明の方法によれば製品の保存性が高く、優れていることが明らかとなった。」(6欄44行ないし11欄3行。なお、水分含有率は、実施例1の製品は約35.5%、同2の製品は約33.5%、同3の製品は約37.5%である。)

〈c〉 「本発明の製造法による嗜好食品は、魚肉シートとチーズとが有する本来の旨味を損うことがなく、夫々の味の調和した味を呈する製品とすることができると共に、魚肉シートとチーズとの各食感をも同時に味わることのできるものである。また、製品の水分含有率を高く維持することができることにより、従来のこの種嗜好食品に比較して柔軟で食し易い製品にすることができる。更に、脱酸素剤の作用により保存性に優れた製品を提供できる等の特徴を有するものである。」(11欄8行ないし12欄2行)

本件明細書の上記記載事項によれば、本件発明は、魚肉シートとチーズの調和した味と本来の旨味を味わうことができるものであり、特許請求の範囲記載の「加熱付着された食品素材を水分含有率約33~38%になるまで冷却」する構成を採用し、このような高い水分含有率を維持した製品とすることにより、ソフト(柔軟)な食感を有する製品とすると共に、「製品の所定量に脱酸素剤を入れ」る構成を採用したことにより、保存性に優れた製品を得るという作用効果を奏するものと認められる。

審決は、「本件明細書の記載を精査しても、水分含有率約33~38%に臨界的意義を見いだすことはできない。」、「昭和57年7月28日付「チーズ鱈細菌検査結果」及び昭和57年5月20日付「チーズ鱈試食アンケート集計結果」における検査対象は「チーズ鱈」とするだけで、その製造方法は特定されていないので、それらの検査は、本件発明の「嗜好食品の製造法」に基づいて製造した食品を対象として行ったものとは直ちには認められない。」と認定判断している。

前掲甲第10号証によれば、本件明細書の記載事項を検討しても、水分含有率約33~38%に臨界的意義を見いだす記載の存しないことは審決認定のとおりである。

しかしながら、成立に争いのない甲第13号証の2、3によれば、上記「チーズ鱈細菌検査結果」及び「チーズ鱈試食アンケート集計結果」は、水分含有率を約33~38%の範囲内とした食品とその範囲外とした食品を比較して数値限定の技術的意義を証明しようとするものであり、成立に争いのない乙第9号証(名取小一作成の上記結果に用いられた検体の作成方法について)によれば、上記検査及び集計結果は、本出願前に本件発明の特許請求の範囲記載の方法に従い製造した食品について、水分含有率を上記範囲内及び範囲外とした場合を比較したものであって、「それらの検査は、本件発明の「嗜好食品の製造法」に基づいて製造した食品を対象として行ったものとは直ちには認められない。」とした審決の前記判断は誤っている。

そこで、上記検査結果及び集計結果を検討すると、まず、前掲甲第13号証の2によれば、「チーズ鱈細菌検査結果」は、検体の水分含有率が38.1%を越えると細菌数が増加するが、31.2%及び32.0%の場合は細菌数が上記数値範囲内より減少することを示しており、数値の下限を約33%と限定したことの技術的意義を示すものでないばかりでなく、そもそも本件発明において食品の保存性を高めるのは脱酸素剤を用いることによる作用効果であつて、水分含有率の限定は高い水分含有率を維持しながらソフトな食感を有する食品を得ることにあり、保存性との関係では脱酸素剤の作用を維持できる上限として約38%と規定したものにすぎないことは前記本件明細書の記載内容から明らかである。

次に、前掲甲第13号証の3によれば、上記「チーズ鱈試食アンケート集計結果」は、男性42名、女性25名による試作品の官能検査であって、水分含有率の異なる2つの試作品を試食して味と食感の良し悪しをアンケート用紙に記載した結果を集計したものであるが、〈a〉E32.2%とF36.1%では、1%の危険率でFが好まれ、〈b〉G36.1%とH40.2%では、1%の危険率でGが好まれ、〈c〉I36.1%とJ33.0%ては、有意差は認められず、〈d〉K36.1%とL38.1%では、有意差は認められず、〈e〉M38.1%とL40.2%では、5%の危険率でMが好まれたことが記載されており、この集計結果によれば、水分含有率が32.2%であると36.1%と同等である33.0%より劣ること、水分含有率が33.0%、36.1%、38.1%の場合は差がなく、いずれも食感が良いこと、38.1%を越え40.2%の場合は、食感が悪くなることが認められる。このことは、成立に争いのない乙第10号証(伊東尚祐作成の平成8年2月5日付「異なる水分含有率のチーズ鱈の細菌検査、及び官能検査結果」)からも裏付けられる(なお、この検査結果中細菌検査に関する部分についての評価は、前掲甲第13号証の2と同様である。)。

以上の認定事実によれば、本件発明における水分含有率約33~38%という数値には、ソフト(柔軟)な食感において、限定した数値の範囲外との間に急激な変化をもたらすという意味での臨界的意義は存しないが、限定された数値範囲内においては好ましいソフト(柔軟)な食感を得られるという意味で数値限定の技術的意義があるというべきである。

(2)  本件発明において「加熱付着された食品素材を水分含有率約33~38%」と数値限定することに技術的意義の存することは前述のとおりである。そこで、引用例1記載のチーズを挟んだ魚肉練乾製品において、水分含有率を約33~38%と限定することが当業者にとって容易に想到し得たことであるかについて検討する。

まず、本件発明において加熱付着される食品素材は、冷却工程において水分含有率を約33~38%に設定するのであり、この加熱加圧工程後の食品素材の水分含有率は、33%を越えている場合と約33~38%の範囲内にある場合とがあるが、33%を下回る場合は含まないものである(このことは、被告らが認めて争わない。)から、製品の水分含有率が重要であり、冷却工程後に水分含有率がこの範囲であればよいと理解される。

一方、成立に争いのない甲第1号証の2によれば、引用例1には、原料である魚の冷凍すり身に食塩等を添加し、混練した練肉を圧焼加熱した後「これを温風乾燥機で水分20%程度にまでに乾燥する」(2頁9行、10行)ことが記載されており、この種の嗜好食品で用いられるチーズは通常プロセスチーズであることは、前掲甲第4号証の4に「プロセスチーズを挿入し」(3欄24行)との記載があり、成立に争いのない甲第2号証に「プロセスチーズを適当な厚さに切り(中略)キノコ類を薄片状に細切したものを(中略)重ね合わせ」(2欄12行ないし15行)等の記載が認められることから明らかである。また、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例8には、AGELESS適用代表食品例の表が記載されており、この表からプロセスチーズの水分含有率は40%程度であると認められる。

被告は、本件発明において用いるチーズは、プロセスチーズに限定されるものでなく、ナチュラルチーズの水分含有率は13~80%であることが知られており、プロセスチーズは加熱溶解工程において水を添加するので、原料よりも水分含有率が高くなり、わが国で市販されているチーズの水分含有率は7.8~80.1%の範囲に及んでいる旨主張するが、本件発明がプロセスチーズを用いる場合を含む以上プロセスチーズの水分含有率を考慮するのは当然であり、また、プロセスチーズの水分含有率が40%程度であることを左右する証拠は存しない(前掲甲第10号証によれば、本件明細書にも実施例として水分含有率42~43%のチーズが記載されていることが認められる。)。

そして、前掲甲第1号証の2によれば、引用例1記載の発明は、魚肉シートに「粘着物を塗布した後スライスチーズを挟む工程Hを経てチーズのくずれない程度に軽くプレスして密着させる工程Iに次いで裁断工程Jにより一口大の大きさの長方形のサンドイッチ状としこれを数個の所定単位で包装工程Kにより包装されて出荷するもの」(2頁14行ないし20行)であるから、水分含有率の調整をすることなく、密着後の工程での雰囲気からの吸湿、脱水が多少あることを考慮しても、原材料の水分がそのままに近い状態で保持されるものと認められる。そうであれば、引用例1記載の発明における製品の水分含有率は魚肉シートとチーズとの中間である20~40%の範囲内であると推認される。

また、成立に争いのない甲第7号証によれば、引用例9には、珍味食品の製造法について「普通、腐敗細菌の発育する最小限度の水分量は40~50%である。したがって35~40%程度まで水分を減ずれば長期間貯蔵することができる。」(2頁6行、7行)と記載されていることが認められ、成立に争いのない乙第2号証よれば、昭和50年特許出願公告第39139号公報記載の発明における乾燥ねり製品は、水分40%以下に乾燥するものであり、その実施例には水分32%の帯状ねり製品が開示されていること、成立に争いのない乙第3号証によれば、昭和56年特許出願公告第36907号公報記載の発明における乾燥ねり製品も水分率が40%以下にになるように乾燥されるものであることが認められる。

ところで、本件発明は、従来の嗜好食品における、のしいかの間にチーズを挿入して耐熱鉄板で挟んで5分間前後の加圧時間をもって温度120~180℃の加熱を加えるため、チーズはのしいかから溶け出して製品となり得ないおそれがあり、また、のしいか自体も高温な加熱によって乾燥され、製品の食感が堅く食味を劣化させる等の欠点を改良することを技術的課題(目的)とし、その解決のために水分含有率を約33~38%に維持することを構成要件としたものであることは、前記第1認定のとおりである。

しかしながら、食味が水分含有率と関連すること、本件発明の嗜好食品のような食品において乾燥しすぎるとぱさぱさすることは、いずれも日常生活において誰もが経験している事柄であって、嗜好食品において、乾燥しすぎないように留意し、ソフトな食感を得ようとすることは、当業者であれば当然配慮することであり、その場合において、食味と保存性が両立するように水分含有率を選択することも食品の分野における当業者が当然に解決すべき周知の技術的課題にすぎない。

しかも、嗜好食品における水分含有率についての本出願当時の技術水準は前記認定のとおりであるから、周知の上記技術的課題を解決するため、従来周知の嗜好食品における水分含有率範囲から実験によって好ましいソフト(柔軟)な食感を得るのに適する範囲を確認することは、格別困難なこととはいえない。

(3)  したがって、本件発明において水分含有率を約33~38%に数値限定したことには技術的意義は見いだせるものの、引用例1記載の発明において、この数値を選択することは当業者が実験によって容易に定めることができたというべきであるから、相違点〈2〉に係る本件発明の構成についてその容易性を認めた審決の判断を誤りとする被告らの主張は採用できない。

3  以上のとおりであって、本件発明は、引用例1記載の考案等に基づき当業者が容易に発明することができたものであり、本件発明の奏する前記認定の作用効果も、これにより当業者が当然に予測できる範囲内のものにすぎない。

したがって、審決は、相違点〈1〉に係る本件発明の構成が引用例3及び4記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである点についての判断を誤った結果、本件発明は各引用例に記載された事項に基づき容易に想到し得たとはいえないとしたものであって、違法であるから取消しを免れない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1

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別紙図面 2

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別紙図面 3

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